大邱地域新聞閲覧不可能だったため石井舞踊団大邱公演するりの関心事すでにらかになっている事実をもとに推測解釈かなければならなかったになったのは公演のレパートリーだった1926326大邱公演ではどんな作品発表されたのだろうか

 

大邱公演のレパートリーはこれまでらかになったことがない現地新聞では報道されたかもしれないが大邱近代歴史館大邱市立中央図書館では確認できなかった公演者だった石井聰聰観察者崔承喜チェ·スンヒ回顧録にも大邱公演発表作品言及されていなかった

 

しかし大邱公演のレパートリーも京城公演仁川公演のレパートリーとそれほどわなかったと推定された当時舞踊団東京京城1~2新作創作発表会いて都市巡回しながら作品再公演するのが慣行であったからである193267日付毎日新報にものような記事っている

 

1926年3月18日の『朝鮮新聞』に掲載された石井舞踊団の京城公演作品一覧

 

2ぶりに来選京城公会堂空前歓喜けた舞踊隊石井漠一行9日午後7から仁川公会堂新作舞踊公演会京城日報後援開催することになったが"プロ"京城発表したのとじだという

 

つまり193269仁川公演発表曲64-5かれた京城公演レパートリーと同一であるということであるしかし両公演完全じだったと断定するには1926318朝鮮新報石井舞踊団京城公演レパートリーをのようにじた

 

1. 舞踊詩 メランコリー, 2. 舞踊詩 夢見, 3. 舞踊劇 われた, 4. 児童舞踊 わんぱく小僧, 5. 舞踊詩 , 6. 舞踊詩 明闇, 7. 舞踊詩 ソルベイジの, 8. 表現的舞踊詩 マスク, 9. 舞踊詩 つらい, 10. 舞踊詩劇 とニンフ, 11. アンコール日本舞踊』」

 

この作品リストは京城公演まるにマスコミ各社けられたものなのでおそらく321京城初公演のレパートリーだったにいない一方324京城日報京城最後公演(323)作品のように報道しているがこれらの作品崔承喜観覧したものである

 

1926年3月20日の『京城日報』に掲載された石井舞踊団の京城公演作品一覧

 

舞踊詩 たそがれ』、表現派舞踊 奇妙』、児童舞踊 今夜』(山田耕作さん作曲·松浦ダービーと出演)、舞踊詩 あきらめヘブライのメロディ』、無音楽舞踊 習作とその7~8だが石井漠苦心振付した作品因果劇的雰囲気作品」。

 

このリストにタイトルがんだ6作品名前明示されていないその7-8わせると京城最後公演では13-14作品公演されたことになるところが、『自叙伝(1936)朝光(19409月号)寄稿文崔承喜われた』、『メランコリー』、『食欲観覧したと回想したしたがって題名らかにされていない作品3~4であるがこれらも京城初公演作品であったとわれる

 

したがって当時石井舞踊団各公演ですべて作品発表したのではなく公演のレパートリーのうち半分程度えて発表作品変化えていたことがかるこれは相次いで観覧する舞踊ファンへの配慮だろう

 

するに京城3日目公演のレパートリーの6作品初日2日目公演のレパートリーもそれほどの割合っていたら全体レパートリーは21したはずだこの作品プールから石井漠必要じて各公演発表作品選別したのだ

 

このため大邱公演のレパートリーを正確推測することは容易ではなかった21作品のうちどの作品大邱公演のために選定されたのかを判断するのはほとんど不可能だからだこれも追加的資料発掘切実分野(*)

 

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